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金八先生 茨木のりこの詩

茨木のり子(いばらぎ のりこ)の詩が、3年B組金八先生
第8シリーズで、紹介されていましたね。
第一話で国語の授業の題材として紹介された、茨木のり子の詩は、
「きらりと光るダイヤのような日」という詩でした。
茨木のり子(1926年6月12日 - 2006年2月19日)は、
戦後詩を牽引した日本を代表する女性詩人です。
戦中・戦後の社会を清新的に描いた叙情詩をたくさん創作しました。
代表的なな詩集には、『見えない配達夫』『鎮魂歌』
『自分の感受性くらい』などがあります。
また、茨木のり子は、終戦後、童話作家や脚本家としても
活躍しています。
茨木のり子の「私が一番きれいだったとき」は
国語教科書にも掲載されていて、彼女の最も有名な
詩の1つでもあります。
第8シリーズで紹介されていた詩がとても
よかったので、掲載しておきますね。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20071005-00000006-ykf-ent

「きらりと光るダイヤのような日」 茨木のり子

短い生涯、とてもとても短い生涯
60年か、70年の

お百姓はどれだけの田植えをするのだろう。
コックはパイをどれくらい焼くのだろう。
教師は同じことをどれくらいしゃべるのだろう。

子供達は地球の住人になるために
文法や算数や魚の生態なんかを
しこたまつめこまれる。

それから品種の改良や
りふじんな権力との闘いや
不正な裁判の攻撃や
泣きたいような雑用や
ばかな戦争の後始末をして
研究や精進や結婚などがあって
小さな赤ん坊が生まれたりすると
考えたり、もっと違った自分になりたい
欲望などはもはや贅沢品となってしまう。

世界に別れを告げる日
人は一生をふりかえって
自分が本当に生きた日が
あまりにも少なかったことに驚くであろう。
指折り数えるほどしかない
その日々のなかのひとつには
恋人との最初の一瞥の
するどい閃光などもまじっているだろう。

<本当に生きた日>は人によって
たしかに違う。
きらりと光るダイヤのような日は
銃殺の朝であったり
アトリエの夜であったり
果樹園のまひるであったり
未明のスクラムであったりするのだ。